地域運動と政策の連携が要 最低賃金引上げ

CUNNはメール通信NO.1950で、連合通信隔日版が報じたバイデン政権の最低賃金引上げ施策のインタビュー記事を配信しました。やはり生活者・労働者の暮らしを汲んだ政策、これを生かす地域運動そして、これ等を支える労働運動が一体となった取り組みを根気よく続ける必要があます。以下、配信記事の内容です。

◎  CUNNメール通信  ◎ N0.1950 2021年5月30日
1.(情報)インタビュー〈米国の最賃15ドル法案〉
                                            210529連合通信・隔日版

上/
 富裕層優遇からの転換/オバマ政権からの宿題/
                     萩原伸次郎横浜国立大学名誉教授

 米国では今春、全ての州に適用される連邦最低賃金を現行の時給7・25ドル(約7
81円)から、2025年までに段階的に15ドルへ(約1617円)と引き上げる法
案を、民主党が追加経済対策法案に盛り込み提出した。結果的には取り下げたが、バ
イデン政権は引き続き重要政策と位置付けているとされる。日本でも時給1500円
を求める動きが支持を広げ始めている。米国の動きをどう見るか。萩原伸次郎横浜国
立大学名誉教授(西洋経済史)に話を聞いた。

 ――バイデン政権の最賃引き上げ政策をどう見ていますか?――

 (萩原) 最賃引き上げはオバマ政権が残した宿題といえる。当時、連邦最賃を7・25
ドルから10・10ドルに引き上げる法案が民主党から出されたが、日の目を見なかっ
た。   
 その後、最賃15ドルへの引き上げを求める運動が起き、ニューヨークやカリフォル
ニアなど、最賃15ドルへの段階的な引き上げを決める都市や州が次々に現れた。バイ
デン政権の15ドル法案は決して唐突に出てきたものではないし、非現実的でもない。
 全国一律でないと、企業が最賃の低い地方に逃げていく。一部の都市や州だけでな
く連邦最賃を15ドルにすべきという主張は、特に左派のバーニー・サンダースやエリ
ザベス・ウォーレン(ともに民主党上院議員)など、貧富の格差の解消を目指す「進
歩派」の人たちが訴えている。
 15ドル法案は、民主党が多数の下院では通ったが、上院の議席は50対50。共和
党は全員反対で、民主党からも反対者が出た。企業側のロビー活動に屈したのだろう。
結局、コロナ対策の追加経済対策法案を通すため法案を取り下げた。進歩派が議席を増
やさないと難しいということだろう。
 先にも触れたが、連邦最賃の引き上げは、オバマ政権の時に失敗している。08年11
月の大統領選挙で勝利し、10年11月までは上下両院で民主党が多数だった。しかし、
「ティーパーティー(茶会)」という、極端な「小さな政府」を志向するグループが
台頭し下院は共和党が多数を占めた。最賃引き上げが議会を通る状況ではなくなった。
 その時、オバマは連邦政府が契約する企業の最低賃金を10・10ドルに引き上げた。
バイデンもこれにならい、政府関連の仕事について、最低15ドルを保障する大統領令
に署名している。

 ●大きな政策転換

 バイデン政権誕生で政策が大きく転換した。特に税制。トランプ前政権が35%から
21%に引き下げた法人税を、バイデンは逆に28%に引き上げると表明した。注目すべ
きは、多国籍企業への最低課税の創設を提唱していること。世界中のどこでビジネス
をしてもこれだけは払わなければならないというルールだ。法人税引き下げ競争に歯
止めをかける狙いがある。
 富裕層に対するキャピタルゲイン(配当などの金融所得)の増税も進める。どんな
にもうけても同じ税率という制度を改め、累進課税をかける。
 こうした大きな政策転換の中に連邦最賃15ドルへの引き上げが位置付けられている。

 ――反対論は根強い?――

 よく「企業が倒産する」といわれるが、オバマ政権時の元政府職員たちが、実際に
最賃を引き上げた地域を調査し、労働者が定着するようになったと報告している。低
賃金だとすぐに離職するが、賃金が上がると落ち着いてその仕事をするようになる。
地域の購買力は上がり、企業にも利点があるとしている。
  とはいえ、払えない企業もある。そういう企業にどう手当てするか。例えば、大企
業への研究費助成は日本と同じく手厚い。これまで富裕層優遇だった財政を、最賃引
き上げで困る企業に回すことが検討されている。

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下/
 トリクルダウンより底上げ/来年の中間選挙がカギ/
                                          萩原伸次郎横浜国立大学名誉教授

 トランプ前政権は企業優遇の政策を行い、企業利益は増大し株価は上昇したが、
「労働者への還元」は乏しかった。バイデン政権は連邦最賃を15ドルにすることで、
貧困を解消し、底上げによる経済効果を目指している。その行方は来年の中間選挙に
かかっている。

 ――オバマ政権は「中間層重視の政策」を打ち出していました――

 (萩原) バイデンはオバマ政権の政策を引き継いでいる。当時との決定的な違いは、
貧富の格差解消を目指す「進歩派」が力をつけてきたことだ。2010年の中間選挙
で「ティーパーティー」が推す共和党に負けた時、民主党で存在感を示していたのは
サンダースぐらいだった。12年の大統領選前には、1%の富裕層に富が集中する経済
の変革を訴えた「ウォール街を占拠せよ」の運動が起き、それに推される形でオバマ
が再選。サンダースに共鳴する人々が議会に出始めた。

 ――中間層から貧困層にもターゲットを広げている印象を受けます――

 トランプの法人税減税により、企業の利益は上がり株価も上がった。企業の利益が
庶民にも行き渡る「トリクルダウン」を期待させたが、実際はそう効果はなかった。
 トランプ政権下で、コロナ禍の前までは、失業率は史上最も低い3・5%だった。
しかし、失業率が低いからといって単純には喜べない。なぜなら低賃金の仕事ばかり
だからだ。貧困層の人々は暮らしていけないので、低賃金の仕事を二つも三つも掛け
持ちし、朝から晩まで働いている。働いても働いても貧困から抜け出せない現実があ
る。この仕組みを変えようとしている。

 ――今後もぶれない?――

 今後も追求していくだろう。米国は今、インフレ傾向にある。最賃を上げないと、
労働者は困る状況にある。現行の7・25ドルは長年据え置かれ、実質的な価値は半世
紀以上前の水準に落ち込んでいる。最賃15ドルの政策には、国民の支持も高い。生活
保障にかかる歳出の削減につながり、労働者の尊厳が守られる。
 問題は議会の構成だ。2022年の中間選挙で、上下両院の民主党、進歩派の議席
を増やせるかどうかがカギとなる。
 ただ、米国も一筋縄ではいかない。共和党は今「トランプ党」と化している。リ
ズ・チェイニー下院議員が先日、下院の共和党指導部を解任された。ブッシュ政権時
の副大統領の娘で、保守派だが、トランプ批判の急先鋒だった。共和党はまともな保
守を排除している。民主主義が今、問われている。中間選挙で民主党が負ければ、15
ドルは厳しくなるだろう。

 ●労組の力が大事

 ――日本が教訓にできることはありますか?――

 米国ではファストフード労働者を中心に、さまざまな労働者が「最賃を上げないと
生活できない」と声を上げ、実際に州や都市の議会に反映させてきた。
 労組の力を強めることも大事だ。米国も組織率が低下する中、最近、アマゾンなど
情報産業の新興企業で労組をつくる動きが起きている。経営者はつぶそうとしている
が、バイデン政権は組合つぶしにブレーキをかけている。
 労組の力が弱いと賃上げは進まない。かつて高度成長期は労働分配率が高かった
が、今は資本の力の方が強い。
 19世紀末から20世紀にかけての新興産業は自動車産業だった。それまで違法とされ
ていた労組を、ルーズベルト大統領(1933~45年)が合法化し、多くの労組がで
きていった。これがその後の高成長の礎となった。
 バイデン政権の政策転換を発展させていけば、米国社会、経済の状況はかなり変わ
るだろう。日本が学ぶべきところは大いにある。

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